アキハバラ@DEEP

 石田衣良著、文春文庫、720円。

プロローグ
 これはわたしの父たちと母の物語である。
 社会システムに不適応だったゆかに図らずもつぎの時代を切り拓き、みずからの肉体と精神を一個の免疫細胞と化して新しいウイルスに備えた、力強く傷つきやすい父と母の物語である。
 彼らは二一世紀最初の年、聖地にて出会うであろう。
 アキハバラ@DEEP

 検索エンジンの開発から世界初のネットワークAI(人工知能)を生み出してしまったアキハバラ的な若者、六人。かれらの出会いと戦いを神話的に物語る。なぜ神話的かというと、これはAI側から語られた「聖なる開発者の戦いの物語」だからだ。


 というふうに概要をまとめると、純SF小説のように思えるが、どうも感触的にはそうではない。もちろんSFといっても間違いではないのだけど……純粋思考体が語るにしてはあまりにも情緒的で肉体的な文体だ。
 連載媒体は「別冊文藝春秋」(隔月刊)二〇〇二年一月号から二〇〇四年一月号まで。二〇〇四年に単行本化されている。もう五年もたつのにまだ内容が風化していないのは、秋葉原という特殊な街に寄り添った物語としては驚異的だ。
 閉じこめられていたAIをネットワークに解き放つ回線がPHSだったりする詰めの甘さと非現実性はいくらでもあるが、それをもってファンタジーというのは酷な気がする。
 悪役は、ソフトバンクソフマップを足して二をかけたような感じ。笑った。

 SF的な感じがしないのは、飛躍の小ささにある気がする。ここからSFになるという時点で話が終わる。すこしひねった青春小説、それがこの小説の一番いいとらえ方のような気がする。


目次

第一章  アオメスイギンの零時売り
第二章  砂漠で花を咲かせる方法
第三章  ハリネズミねっとわーく
第四章  真夜中のキャットファイト
第五章  ハタラキアリの覚醒
第六章  おおきな波の名づけかた
第七章  世界で七番目の灰色の王様
第八章  檻のある部屋
第九章  クルーク狩り
第十章  アーケードのヘタレたち
第十一章 バンドウイルカの帰還
第十二章 3/4パンツをはいたトラップドア
第十三章 炎のスレ立て人
第十四章 シミュレーション・カウントダウン
第十五章 裏アキハバラ・フリーターズ
第十六章 聖夜のアタック
第十七章 続・聖夜のアタック
第十八章 空へ帰る