ボクは算数が出来なかった

 「ボクは算数しか出来なかった」(小平邦彦)、読了。
 日本人でもっとも早くフィールズ賞を受賞した著者のライフヒストリー日経新聞のコラム「私の履歴書」の連載に加筆されたもの。濃密な人生だなあとあきれるが、終始一貫、淡々とした調子で書かれている。


 助教授になったから生活には困らない。あとは数学や理論物理を勉強したり、論文を書いたり、レコードを聴いたり、ピアノを弾いたりして一生日本で楽しく暮らすつもりであった。
 その心づもりが太平洋戦争で狂ってしまった。
 とても、大切な時期に戦争が挟まってしまったとは思えない淡々とした記述である。本書の魅力は、この語り口にある。
 終戦についてもこんな感じだ。

 その年の八月十五日に終戦になった。必勝であるといっていた戦争に負けても、別に何の騒ぎも起こらなかった。皆内心、必敗と思っていたのであろう。
 実にいい。
 本書の記述の半分くらいは、アメリカでの研究生活に費やされている。いくら淡々と書かれても、その凄さは否応なしに伝わってくる。日本に帰ってきてから東大の教授になるが、その時の名言に「専門バカでないものは唯のバカである」がある。
 この本が出版されたのは昭和62年だが、すでに学生の学力低下についての嘆きが書かれている。
 最後に教育改革に関する処方箋が書かれている。基礎的学科を重視すべきだという意見はいまでもまったくその通りだ。これだけ高名な学者が昭和五十七年の中央教育審議会教育内容等小委員会に呼ばれ、意見を述べているのに、なぜいまのような学校制度があるのかは謎。喋らせただけで意見を聞く気がなかったとしか思えない。